「チカちゃ〜ん、手、どけてみよっか?」
 カメラマンが、猫なで声を出す。
 ためらいながら、奥に控えている社長をチラリと盗み見る――苦虫をかみつぶしたような顔。
 チカの身体が、恐怖にこわばる。
 そっとため息をつくと、チカは裸の胸を隠していた手をゆっくりと下ろした。
 スタジオ内の肌寒い空気のせいか、桜色の乳首がツンと固く立っている。
(私……何で、こんなコトしてるんだろう……)
 涙がこぼれそうになるのをぐっと堪えた。

 始まりは、気楽なものだった。
 繁華街で声をかけられて、おもしろそうだと思い、<スカウト>の誘いに応じた。
 ファッション誌のモデルにならないか、という話だった。
 面接とカメラテスト。
 可愛いよとチヤホヤされ、乗せられてるのがわかっていても、気分は良かった。
 母子家庭で苦しかった生活を少しでも助けることができる、と母親の承諾を取り付け、本格的に仕事が始まった。
 何度か撮影を重ねるうちに、衣装がファッション誌らしからぬものに変わっていった。セーラー服、スクール水着、ブルマ――掲載誌を訊ねても、言葉を濁された。
 そのうちに、母親が家を空けることが多くなった。
 
 学校で、自分の噂が耳に入った。
「なぁ、これお前だろ?」
 男子から、雑誌を突きつけられる。
 アダルト誌の表紙に、自分の姿があった――制服のスカートを自らまくり上げ、カメラ目線で微笑んでいる。ページをめくれば、もっと大胆な衣装とポーズの写真が掲載されている。
「チカちゃんて、こんなに大胆なことしてるんだぁ」
「俺なんて、チカのグラビアで毎日抜いてるぞ」
「ち、違う……私、こんなコトしてない……」
 チカは、必死に否定した。
「でも、お前に似てるぜ、これ」
「ホントのこと、言っちゃいなよ」
 逃げ場を求めるように、周囲を見回す。慌てて目をそらす女子、軽蔑しきったような視線。
 いたたまれなくなって、その場を逃げ出した。
 それ以来、学校には行っていない。

「もうこんな仕事、やめます!」
 チカは、震える声で社長に訴えた。
「モデルの仕事なんてウソばっか。えっちな雑誌に、チカの写真、載せたでしょ」
「……まぁ、いつまでもごまかせるとは思っていなかったが」
「とにかく、今までの分のお金を下さい」
 差し出されたチカの手を一瞥すると、社長は鼻で笑った。
「早くしてよ! お金もらったら、こんなトコ、二度と来ないんだから」
「チカちゃん……カネは全部、お母さんに渡してるんだよ」
「え……」
「それも、かなりの額をね。だから、仕事は続けてもらわなくちゃ」
「……ウソ」
「嘘じゃない。記録もあるし、お母さんに訊いてみるといい」
「だって……でも……イヤなの、クラスの皆に、チカの恥ずかしい姿、見られるのがイヤなの……」ぽろぽろと涙が溢れてきた。
「甘っちょろいこと、言ってンじゃねぇぞ」
 社長の態度が一変した。静かだが、ドスの効いた声。射貫くような、ヘビのような冷たい目――社長のこんな恐ろしい様子は、見たことがない。
(殺される!)チカは、恐怖にすくみ上がった。
「仕事を辞めたいのなら、金を返してもらおうか。まぁ、あの様子だと、もう綺麗に使っちまっただろうけどな。2、3日前も、ここへ来たぞ」
「お母さんが?」
「ああ。オバハン、派手な格好してたぞ。金を出せってさ。もちろん払ってやったよ、お前の稼ぎの前払いとしてな。だから、お前は仕事を続けなくちゃならない、わかるな?」
「そんな……」

「ハイ、それじゃ足を開いて……ゆっくり、そう……心配しなくて大丈夫、最終的には消しが入るから」
 カメラマンの指示が続く。
 社長の視線を感じる――チカの身体をなめ回すように凝視している。
 いつものように、撮影が終われば、その場でヤラれてしまうのだろう。
 でっぷりと太って、脂ぎった社長の裸体。ねちっこい愛撫――思い出すだけで、吐きそうだ。
 掃き溜めのような、この境遇から逃げ出したい。
 助けて、だれかチカを助けて――
 しかし、白馬の王子は現れそうにない。
 それが現実だ。


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